永遠に残るモノ

治療院について
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永遠に残る「モノ」を考える時は、
自分が儚い存在と意識する時です。

たくさんの「モノ」を築いて、
創造しても、その行く末を永遠に見届けることはできません。
確認してゆくこともできません。
寂しいことです。
それでも、もう少し長く自分が残す「モノ」を確認したいと思えば、
自分で無く、誰かの目を通して確認してもらうしかありません。
誰かの中に「生きる」ことが必要です。

誰かの「記憶」に残ることは、人の中で「生きる」ことです。
誰かが、そこにいない「私」の記憶を思い出す時に、
「私」は「蘇生」するのです。
「記憶」の中で旅をしながら、「生きる」のです。
「記憶」で「私」を確認できるのです。
「私」は、再会できるのです。

多くの依頼主から学びました。

誰かの記憶に深く「残る」には、
私を「貼り付け」ることです。

語り合わなくても
行動を共にすることがなくても
単純に
私とあなたが「言う」事や
「する」事の積み重ねが記憶の材料になるのです。

材料の中でも特に、「愛情」は、
相手の「記憶」に最も育ちやすいモノです。
あなたが「言う」事も、
「する」事も、決して無駄にはなりません。
少し余分におせっかいにしてしまうことでも、
「良いこと」に通じています。

「愛情」の積み重ねが、
誰かの「記憶」に残るのです。
それを、信じています。

遠い先のある日、誰かの「記憶」に蘇るとき、
その場所に私がいると信じています。

遠い先のある日、私の「記憶」に蘇るとき、
その場所に「あなた」がいると信じています。

今日は、「誕生日」と「記念日」
遠い昔にはじまっている
カウントダウンの開始日を確認する日